2026-06-19daily log

10km / 4'14/km

Peaceful seeds in the struggle

6月7日、八ヶ岳クロスカントリーレースを走った。

開催地が八ヶ岳ということもあり、レース前日に移動し一泊して臨んだ。

レース前日は、宿に併設されていた米ぬか酵素浴を体験したり、外で本を読んだり、ストレッチしたりとリラックスした時間を過ごした。

八ヶ岳の町を走りながら散策したい気持ちもあったが、体に重さが少し残っていたのでゆっくりすることにした。 

レース当日、一緒に走る友人達と合流し軽くアップを済ませた。昨年のレースに出場した友人達は、ひたすら登って下るハードなコースだと口を揃えて言っていた。

それでもローカルレースだし、上位を狙えるチャンスはあると期待を抱きスタートラインに立った。

スタートすると、1キロもせずに噂の登りが現れた。想像以上に傾斜は急で、足が全然動かず前に進むのに相当苦労した。

さすがにこの傾斜が続くことは無いと信じたかったが、現実は甘くなく5km近くまでひたすら上った。本当に辛く、時計を見た時にまだ2km地点で残り3kmも登るのかと思うと精神的に打ちのめされた。

ランニングを趣味としていると、苦しいのになぜ走るかと聞かれることは多く、これまではそれっぽい回答を頭で考えてきた。

しかし、あの瞬間は自分でもなぜあの苦しさの中走っていたのか分からなかった。

近くに一緒に走る友人がいるから、先へ行けば下りがあるから、ゴールがあるから?

心身の限界が近づき、何も考える余裕がない中で小さな希望と共に力を振り絞れていたのかもしれない。 

この苦行とも言える登りを終え、上がってきた道を今度は下り続けた。前半、歩きかけるほど身体はダメージを受けていたはずではあるが、なぜか走りが戻ってきた。

5km地点で折り返してからは、時計を一度も見ることなく、体の感覚にまかせて走った。前半の苦しさ故の無とは異なり、苦しさから解放され流れに身を任せて、その瞬間だけに集中していた感覚があった。

後半の5kmはあっという間で、少し順位を上げ、入賞の期待を胸にゴールした。しかし、楽観的な予想は当たらず、6位だった。ジョグで距離を重ね、山でもトレーニングを行っている友人は優勝していた。彼の軽やかな走りは、まだまだ自分に練習が必要だと思わせてくれた。

ゴールして心からほっとした。そして、あの苦しさは2度と味わいたくないと思った。それでもまた走りたい。だからこそ、苦しさと向き合い楽しく走る方法を模索していく必要がある。

これは体に不調があり、ケアをしていく感覚と変わらないのかもしれない。あの不快感を味わいたくないからこそ、走り続ける。

レース翌日、背中から足まで全身筋肉痛だったので、筋肉をほぐすために軽いジョグをしに外へ出た。足は重く、体は痛いが、普段と同じ海沿いの道を走った時にいつも以上に穏やかな感覚があった。八ヶ岳のレースで経験した苦しさはそこにはないからだ。

あの経験は心から苦しかったが、その苦しさがいつもの日常の穏やかさに気づかせてくれた。あの苦しさの中に、穏やかさの種があったのかもしれない。

来年の八ヶ岳クロスカントリーレースを楽しめるよう、また走り続ける。