2026-06-02daily log

10km / 4'57/km

正しい心と適切なフォームで行う神秘的な運動

5月31日、Southbound400を終えてから初めて10km走ることができた。

3日間で100km走ったレースから2週間経過し、ようやく疲労が抜け始め、少しずつ距離を走れるようになってきた。

この日は、走る前に家の大掃除を行い、不要な物を大量に捨て、心もスッキリした状態でランニングに臨めた。

そんな良い状態の心と共に走り始めた際に、頭に思い浮かんだ言葉がある。

それは、”走ることは、正しい心と適切なフォームで行う神秘的な運動”

この言葉はSHOEDOGにて、ナイキの従業員2人目 ジョンソンのランニングの捉え方として紹介されていたものだ。

自分の周りを整頓し、心が良い状態でランニングに臨めたことで、記憶の中からこの言葉が引っ張られたのだろう。

しかし、走りながら”正しい心”とは何だろうと考えている中で、走る時の心の良し悪しよりも大切な要素があるように感じてきた。

良い状態を、ストレスがないことや、穏やかさで満たされている状態と仮定すると、今の世の中を生きるなかで、常にそれを維持するのは本当に難しい。

正しい心を良い状態の心とすると、その心で走れる事は多くはない。

では、何が正しい心だろうか。

“今より良くしたい”という望みを心に秘めている状態が、正しい心なのかもしれない、と走りながら感じた。

それは心身の健康に対してもかもしれないし、日々の暮らしの楽しさ、ランニングのパフォーマンスなど対象は色々あると思う。

心の良し悪しに関係なく、そういった望みは比較的持ちやすい。むしろ調子が悪い時にこそ、思いは強くなり、心を正しい方向に向けてくれる気がする。

今の状態がどうであれ、小さな希望と共にランニングシューズに足を入れれば、ジョンソンが考える、神秘的な運動に近づくのかもしれない。

その上で、少しでも良い心の状態でランニングに臨めば、更に理想的なものになるのだろう。

自分にとって、身体を気遣うことから洗濯物を畳むという些細なことまでが、良い心の状態を作ってくれる。

良い走りを追求していくと、暮らしに対しても自然とポジティブな影響が出てくる。

良い走りのために暮らしているのか、良い暮らしのために走っているのか、

どちらも正解だと思うし、どちらか一つを決める必要はないと思う。

このように、走りにおける正しい心を追求している中で、ランニングが体をただ動かすことを超えていることが分かる。ジョンソンが言う、神秘的な運動というのは、ランニングのこういった側面を指しているのだろうか。

ここまでジョンソンの言葉を見てきたが、頭で考えて完全に理解できることではない気がする。答えは経験の中にしかないのだろう。

ランニングという神秘的な運動を完成させるために、今日も走りにいこう。