2026-06-29note

SOUTHBOUND 400

5月15日から17日までの3日間、SOUTHBOUND 400というニューヨークで行われているレースに参加した。

ニューヨーク州の最北に位置するカナダとの国境からマンハッタンまでの400マイル、約640kmを3日間、8人のメンバーでリレー形式で走っていくレースだ。

アメリカを中心に全9チームが参加しており、僕たちはparamount runningチームとして日本から参加した。

ニューヨーク州を縦断するエクストリームなレースではあるが、レース2週間程前にチームから声をかけてもらい急遽参加が決まった。

いつも一緒に走るメンバーからの誘いだったこと、そして年初めからぼんやりニューヨークへ行きたいと思っていたこともあり、即決した。

決めてから時間はあっという間に流れ、ニューヨークに向けて日本を発った。幸運なことに、ハワイでの6時間のトランジットがあり、2時間ほどワイキキを友人と楽しんだ。

その後ニューヨークへ移動し、メンバーとの合流まで時間があったので、市内を回った。以前から好きだった、ランニングアパレルブランドのお店に遊びに行き、尊敬しているオーナーと共に時間を過ごした。

レース2日前にチームメンバー全員と合流した。いつも東京で走っているメンバーと顔を合わせ、何か安心するものがあった。

そこから640km程離れているレースのスタートエリアまで車で移動した。移動してきた道をレースで再び戻ると思うと、壮大すぎて走るイメージが付かなかった。

レース前夜、スタート地点近くの全参加チームが集まるホテルに到着した。海外の屈強そうなランナーやスタイルのある人々が集まっていた。海外レースや東京マラソンで知り合った友人達もその場におり、ニューヨークの外れで彼らに会うなんて、ランニングの繋がりの凄さを感じた。

ホテルにて、運営からレースの全体説明を受けた後、チームで戦略を確認した。

レースは3日間かけて行われ、それぞれスタート、ゴール地点、走るコースが決められている。毎日、ゴール地点そばのキャンプサイトで休み、翌朝にまた一斉にスタートする。最終的な順位は3日間での合計タイムで決まる。

僕たちは8人を4人ずつの2チームに分け、1~2kmごとに交代しながら約30km進み、もう一方のチームへ引き継ぐ形で走ることにした。 ランナーの交代地点までは車で移動していき、車が入れないコースもあるため、ドライビングスキルや土地を把握しておくことも欠かせない。

このような戦略を話していると、あっという間に夜が更け、翌朝5時のスタートに向けて就寝することにした。

レース当日、朝3時半に起床し、速やかに準備を済ませスタート地点まで移動した。 早朝の真っ黒な中、国境付近の何もない場所にて、レース参加者で盛り上がりを見せている不思議な光景があった。

そして雨の中、朝5時にスタートした。paramountチームのエースが1走を務めており、軽やかな走りでスタートを切った。驚いたことに、そんな彼と並んで走る女性ランナーがいたりと参加チームのレベルの高さが伺えた。

Aチームが走っている間、僕たちBチームは30km先で走る準備をしつつ待機していた。 気がつくと陽が登り、辺りは明るくなっており、Aチームはすぐそこまで近づいていた。

ついにAチームからバトンを受け取り、僕達が走る時が訪れた。最初の1キロは3’10程で走り、一気に息が上がった。4人で回してくため、車で休んではまたすぐ走り始めるということを繰り返していった。

アメリカの壮大な自然を横目に、走力が近いチームと競い合いながら走り抜けていくことが本当に楽しかった。 走りに熱中していると、興奮が冷めないままAチームとの交代地点まで辿り着いた。そのまま繰り返し走っていき、18時頃1日目のゴール地点に辿り着いた。

その日は合計200km近く進み、自分個人では約30km走った。アップダウンが激しい場所も多く、平均3’30/km弱で走っていたので足全体が筋肉痛に襲われていた。感覚としては1日中、インターバルトレーニングをしていた様な感じだ。

ゴールした後は、シャワーを浴び、軽い夕食とビールを共にその日について語りあった。 普通であれば翌日は走らない程の疲労に見舞われていたので、その後はテントで翌日に備えて休んだ。5月でもアメリカ北部は10℃以下と冷えており、寒さで夜中何度も目が覚めてしまった。

翌朝、前日から続く筋肉痛や寒さによる睡眠不足で走れる気がしなかった。その日、僕は1走を務めることになっていたので、冷えた体を急いでシャワーで温め、アップを開始した。いつものルーティンを終えると筋肉痛や重さを感じつつも、不思議といけそうな感覚があった。スタートラインに並んだ時には闘志に満ちていた。

2日目が始まった。スタート直後から上位をキープし進んだ。他チームは800mなど短い距離で交代していく中、車の停車位置の関係などから僕は3kmほど走った。そのまま、2位で次走者にバトンを渡し、幸先良いスタートとなった。

アスファルトの坂道が多かった初日と比べ、2日目は川沿いの砂利道やトレイルロードが多く、フレッシュな気持ちで走ることができた。 朝焼けの中、体が重いはずなのに爽快に走れたあのスタートは今でも思い出す。

一方で、景色が変わり心機一転走れるとは言え、前日の疲労に加えて、気温が20°C後半まで上がっており、身体的な辛さが蓄積していった。

身体は重く、膝にも痛みが出始めている中、チームメンバーで励まし合いながら、少しずつ進んでいった。残りの距離はあまり意識せず、自分が走る区間一つ一つに集中して走った。

休める時には少し睡眠を取ったり、熱中症になる直前の体を氷で冷やしたりと走れるように最善を尽くした。 レースの中日という1番精神的にもきつくなるタイミングであったが、チームで協力しあいその日もなんとかゴール地点に辿り着いた。

2日目も乗り越え、マンハッタンまであと200kmちょっと。ここまで400km走ってきて僕たちにとっては、もうすぐの所まで来ていた。

初日よりもグレードアップされていたキャンプサイトでは、マッサージが受けられたり、豊富な食事が用意されており、限界を迎えかけている身体を少しばかり回復させることができた。

美しい日の出と共に3日目が始まった。60km以上の距離を重ね、体の至る所に痛みが生じてきているが、チームメンバー全員がその中で最善を尽くしているので、やり切るしかない。

最終日はスタートから上位をキープし、1、2日目には競ってもいなかったチームと並び、両者譲らぬ展開が続いた。1、2位のチームは別次元であったが、3位をめぐり常に相手チームを意識しながら進んでいった。

チーム内での編成を変えたり、ちょっとした新しい戦略を試してみたりと、体力を振り絞りながらも工夫を凝らした。

中盤まで4位をキープしていたが、ついに競り合っていた前のチームを抜き去り3位にあがった。3日目になるまでは後ろ姿を見えないくらい離される程だったので、その瞬間チームは大きく沸いた。

順位を争いながら走り続けていると、後半に差し掛かりマンハッタンがもうすぐの所まできた。 森の静かな道での激しい争いを終え、マンハッタンの街並みが見えてきた。これまで走っていた自然の風景とは大きく変わり、まさにニューヨークど真ん中といった感じだった。

僕がランニングを始めた頃は、こんな壮大なレースに出ることも、ニューヨークの街を走ることも想像もしていなかった。そんな事を考えていると、不思議と疲労が軽くなった気がした。

ついに、ゴールが近づいてきた。体は限界を迎え、足首、足の甲、身体の末端まで痛く、もう僅かしか動けない状態だった。 ここまでの道のりをみんなで繋ぎ、自分の限界をプッシュし続けたことを思い浮かべ、最後の自分のパートを走り切った。

そして、チームのエースにバトンが渡り、最後はみんなで彼と一緒にゴールした。本当に長い道のりを走り切った。 ゴールで待ってくれていた友人、チームメンバーの顔を見た時に、色々な感情が込み上げてきた。

3日目は3位でゴールし、3日間トータルでの最終的な順位は5位だった。 強いチームが集まる中で対等に競い合い、640kmをみんなで走り切った事をチームメンバー全員で喜んだ。ゴールに用意されていたチーズバーガーを即座に2つ平げ、ビールで祝杯をあげた。

その日、2日ぶりにベッドで寝ることができ、疲れ果てた身体をゆっくり休めた。 後日、アフターパーティーに参加したり、ニューヨークを散策し、今回の旅は終わりを迎えた。 ハワイから旅が始まり、ニューヨーク州の最北から640kmを走り抜ける怒涛の1週間だった。

このレースはフルマラソンのように公的な記録として何か残るわけではない。 それでも、レースを通した新たな出会い、深まった友情、壮大な景色でのランニング、そして限界を超えるまで走り続けた経験は僕たちの中に残り続ける。 ランニングというスポーツを選び、このチームと出会っていなければ、絶対に経験できていなかった。

こうして走れることに心から感謝して、これからも思うままにランニングを楽しんでいきたい。 ランニングと出会った時にぼんやり考えていた、世界中を走りたいという思いが現実味を帯びてきているのかもしれない。