2026-08-22 — daily log
6km / 4'52/km
昨日は4日ぶりに軽く6km走った。最近、走行距離を急に増やしたことで膝の内側の痛みと不安定さを感じていたので、大事を取って休むことに専念していた。
久々に走れたことは嬉しかったが、走り終えて体はとても重く、ストレッチをするとかなり凝り固まっているように感じた。改めてオーバーワークとケア不足が招いた結果だと確信した。
そのような状態で走りながら、頭の中で整理していたオーストラリアロードトリップでの気づきについて書いていく。
オーストラリア旅の中日に、ニュートラルを意味するあるワインに出会った。
ラベルと名前を気に入り手に取った。なぜかとても存在感がありインスピレーションを与えてくれる気がしたので、旅の終わりまでボトルを大切に保管することにした。そして、とうとう日本に持って帰ってきた。
旅の終盤に、いつものように走って汗を流し、シャワーで体を温め、空いたお腹をアーモンドバターブレッドで満たしている時に、ただ身体をニュートラルな状態に戻しているだけでとても心地良いことに気がついた。
それは身体だけでなく心に対しても言える。緊張や精神的な苦しさから通常の状態に戻ることで心の平穏を感じる。危険な道での運転による緊張から解放された時や旅の中の問題が解決されてストレスが無くなった時など。
更には外部環境に対してもだ。トレイルで汚れたシューズを綺麗に洗浄したり、乱れた車内を元通りに整理したり。元の状態に戻すことで、自分の心にも綺麗な状態が反映されている感覚があった。
旅で出会ったワインが意味する「ニュートラルな状態」に近づけていくことが、自分の中に穏やかさを耕していた。
僕にとって走ることがニュートラルに戻す、Recenteringそのものだ。
走りを通して深まる自分への気づきが何を戻せばいいか教えてくれるし、走るという行為自体が心身をニュートラルにしてくれる。
まさに昨日のランニングのように、走ることで身体の重たさに気づくこともあれば、痛みや怪我によって身体の偏りに気がつく。
体への気づきが深まると、心という掴みにくいものも見えやすくなる。
ここ数日気分が乗らなかったが、それが思うように走れていなかったことに起因しているとすぐに分かる。
ランニングに出会う前の自分であったら気分が落ちていること自体にも気がつかず、もちろんその原因は分からなかったと思う。
こうして自分への気づきが深まった時に、自分の偏りが見える。走ることを通して戻せることもあれば、普段の暮らしの中で戻せることもたくさんある。
このように僕はランニングを起点にRecenteringできている。
このプロセスとは一生付き合っていくものだと思う。 植物が枯れないように水を与え続けることと変わらない。
生きていればお腹は減り続けるし、心身に疲労やストレスも溜まっていく。人はいつもニュートラルでいることはできない。偏りが生まれるたびに、それに気づき、また戻していく。
こうしてニュートラルにしていくプロセスを通して、自分の中に穏やかさは耕されていく。
暮らしの中で希望を持って走り続けていれば、自分自身、そして自分が身を置く場所にも穏やかな空間が広がっていくかもしれない。
Recentering through a few miles